インタビュー 秋田県 バイオマス 株式会社堀川林業 代表取締役会長 堀川 義美 様

  • 堀川林業の歩みをお聞かせください、会長のお父様が創業されたと伺っておりますが?

    親父は、満州で開拓に参加し、終戦でシベリアでの捕虜生活を経て、昭和23年11月にようやく秋田に戻ることができました。終戦当時、地元では仕事も限られていましたので、昭和24年の春から林業に携わることになりました。昭和28年頃から、当時の仕事仲間で事業体の元になるような仕事をはじめました。もともとは大きい木材会社の素材生産の仕事からはじまりました。当社では機械化を30年弱前に九州の林業を手本として投資を始めました。あれは大冒険でした。資金的には苦しかった、稼いで得た収入を投資しただけではなく、収入の何倍も投資をしました。こうした機械化を経て、事業が大きく広がりました。機械化についても、当時は全額償却が認められるなど制度的サポートがあったことを大変感謝しています。取巻く環境を見てみると、戦後、復興期の木材需要をまかなうため、日本全国、黙っていれば広葉樹林になるところを生長が早く、比較的まっすぐ伸び、加工しやすいということで、国策で人工的に杉を植林していきました。秋田県でも当時、植林した杉が60年以上たって、今、収穫の時期がきています。しかし、現在の秋田は森林面積と成長量があっても、実際に収穫できる量はごく一部となっている現状があります。

  • せっかく育てた木材の収穫量が限られてしまっているのはどういう背景があるのでしょうか?

    生産量に対して木材の需要が限られてしまっているからです。価格も低く抑えられているので、木を育てるための造林費がまかなえません。この差額はすべて林家の損失なります、このままではなかなか木を育てていけないという現実があります。

    バイオマス発電事業が始まって何か変化が起こりましたか?

    収穫量を増やすことができる、効果がありました、これはバイオマス発電へのC材、D材を材料として提供していることの効果が大きくでています。発電材料としてC材、D材と呼ばれるグレードの低い材を提供するルートができたことで、収入増加につながっています。また、継続的に20年間需要が確保されていることは大変ありがたいことです。特に森林組合が大量に原木を供給してくれています。組織が潤うのではなく林家に木材代金として還元できないかという議論がありまして、林家に還元できる代金を元に、初めて100円単位のコスト計算を行うようになりました。こうしたコスト管理意識の向上は業界全体にとってもプラスになったと思います。

  • チップ工場をスタートするための投資を決意された背景は?

    林業をめぐる大きな流れの中で、今、現在があります。次の世代にこの事業を引き継いで行くことを見据えて取り組みました。これまで、事業を進める中で、お金のストレスが多くありました。今回も売上数億円の会社が、約5億円弱の投資をしました。ここの決意は、やはり次世代を担う、息子たちが「やる」と決意した事が大きいのです。綿密な計算をし、チップ加工後の原材料をいくらで売る、そのためには原木をいくらで買って、いくらチップ工場でコストをかけるか、事業としてなりたつかどうか検討を進めました。また、今回のチップ工場設立については国から約2億円弱の助成を受けることができました。これも大変ありがたいことです。

    これからの取組みや展望をお聞かせください。

    バイオマス発電施設への原材料提供を始めたことでC材、D材をお金に代える手段が確保できたことは、本当にありがたいと思います。一方、現在、伐期を迎えているA材、B材をどのように売っていくかが課題となっています。自然環境で育てた原木は、A材、B材、C材、D材と分類されていますが、全てが同じく山林から伐採し、運び出してきます。これらの原木をバランスよく、提供できるようになることで全体のコストを下げることができるのです。秋田県内はもとより他地域、他国も含めて秋田の木材をバランスよく供給して行く道筋を確保することが必要だと思います。